知るほどに楽しい
植物観察図鑑

本多郁夫 著
橋本確文堂
2007年5月31日発行
B5判 168ページ
定価2,520円(本体2,400円)
 林縁部に普通に生えるクサギという木がある。8月から9月ごろ花が咲き遠くからでもよく目立つ。かねがねこの花を見て「雄しべ先熟」であろうと思っていたが、私の観察はしごく大ざっぱであまり子細に突き止めようとはしなかった。一般の植物図鑑にはそんなことまでは書いてない。
 最近になって本多郁夫氏の「知るほどに楽しい植物観察図鑑」を手にすることができた。この本のp.73〜81にクサギがある。ここには花についての写真が13枚あり、みごとに解説されている。花が開くと最初は4本の雄しべが長く突き出る。このとき雌しべはまだ短く柱頭は固く閉じている(雄性期)。虫が訪れても花粉を受け入れることはない。その後に雄しべが垂れてやくがしぼみ、雌しべが立ち上がる。柱頭が開き花粉を受け入れやする(雌性期)。その流れが写真で示され文句なしである。花粉のついた柱頭もはっきりしている。これが「雄しべ先熟」で、自花の受粉を妨げるしくみである。
 サワギキョウのページ(p.128〜134)を見る。サワギキョウの花では初め雄しべが筒のようになって雌しべを包んでいる(花柱が折りたたまれている)。やくには毛の束がありこれが刺激されるとやくが開いて花粉が出る。昆虫(マルハナバチなど)が訪れると体に花粉がつく。次に雄しべがしぼみ雌しべがのび柱頭が開く。そこへ他の花の花粉を背負ったマルハナバチが訪れ受粉することができる。このしくみも20枚の写真で納得のいくように示されている。
 このような視点で、カタクリ、アセビ、ヒメカンスゲ、マムシグサ、オオバコなど23種が取り上げられている。クローズアップ撮影や顕微鏡撮影を駆使して、徹底した観察ぶりである。本の表題にあるように、著者は楽しみながらより深く観察が進んだのであろう。成果を得るまでの道のりは大変なものであったろう。それを気楽に見られるのはありがたいことだが、撮影のご苦労を思うと申し訳ないような気もする。
 著者は1999年に「石川の植物」というホームページを立ち上げて、植物の生き様を表現してきたという。それをベースにして2007年にこの本が刊行された。最近までこの本の存在を知らなかったのは不明の至りで、損をした思いである。続編が企画されていると聞くがさらに期待がふくらむ。そのさいには、本文の文字や行の配置をもう少し読みやすい体裁にしていただけるとありがたい。
自然観察大学 学長 岩瀬 徹
 
石川の植物 http://w2222.nsk.ne.jp/~mizuaoi/
上記サイトから購入できます

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「ちょっと知りたい雑草学」

著者:沖陽子、岩瀬徹、露崎浩、村岡哲郎、高橋宏和、田中十城
日本雑草学会
2011年9月29日発行
(販売 全国農村教育協会)
四六判 160ページ
定価1,995円(本体1,900円)
出版社からの紹介 http://www.zennokyo.co.jp/book/kagak/sriz_0.html

口絵/第1章:雑草のくらし/第2章:雑草から学ぶ自然のしくみ/第3章:雑草をコントロールする/終章:座談・雑草との共存を目指して
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 月一のペースで草取りしなければならず大変困っていたところ、手軽に読めそうな雑草に関する新刊を刊行していただき大変ありがたい。日頃、雑草繁茂で周辺に迷惑がかけられないと、雑草との戦いが忘れられず、雑草とは人生の妨げになるやっかいな植物と思っていた。例えば、水田に生えるヒエやコナギなどの難防除、耕作放棄地に繁茂するはた迷惑な植物群、農地や菜園に次々に生えてくる雑草、牧草地を劣化させるギシギシや外来植物、庭、駐車場、空き地、雑木林、道路・河川の法面に生えてくる雑草、蔓延するクズやセンダングサ、セイタカアワダチソウなど、いずれも放任すると生産者や管理者、近隣住民にとって一大事である。時には事件の温床にもなる。しかし、適切に管理すれば、二酸化炭素を捕捉する地球温暖化対策に、そしてみどり豊かな地域景観の形成にも期待される。
 その雑草について、学校教材への活用、作物の育種素材や環境修復、土壌保全への活用、さらに雑草防除の実例、除草剤の必要性と枯らす仕組み、選択性などについて6名の専門家の方々が実例を挙げて分かりやすく執筆した解説書である。
 本書は豊富なカラー口絵があり、「雑草」と聞いて、どんなイメージをもたれるでしょうかとの序に始まる。何が書いてあるのか、興味津々一気に読んでしまった。その構成は第1章 雑草のくらし、第2章 雑草から学ぶ自然のしくみ、第3章 雑草をコントロールする、そして終章は執筆者による雑草との共存を目指した座談会の内容の4章からなる。末尾には章ごとの参考文献が挙げられ詳しい情報も探しやすくなっています。雑草の研究などの基礎から防除・利用などを対象にしている日本雑草学会についても案内されている。
 一読して頷くところもあるが、もう少し多様な説明があるのではないかと思うところ、“雑草”というワードに引っ張られ難解になっている部分もある、素直に植物と言い換える方が適切と思える箇所も散見される。
 しかし、全体的にはそれぞれの専門の立場から執筆者の皆様が蘊蓄を傾け幅広いアップデートな情報をほぼ盛り込み、貴重な意見が述べられ納得する部分が多い。本書が述べる雑草とは何かについては、通覧のうえ底流にある広義、そして本来の意味を感じ取っていただきたい。ぜひご一読のうえ、新鮮な知見に触れられるとともに、雑草防除の参考にしたり、日頃の自説と比べてみるなど、大変参考になる良書と思う。
自然観察大学 講師 平井一男
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「雑草学」とは何でしょうか? 
そこら中に当たり前に生えていて、とるにたらないにもかかわらず元気すぎて邪魔な役柄の雑草が、学問や科学の対象になっている・・・ この本で雑草の何が解き明かされるのでしょう。身近な環境の雑草たちが気になっている私は、興味をひかれつつ本を開きました。
雑草のくらしと自然のしくみ(1、2章から) 
自分の都合からわけへだてをしがちな私たち人間は、価値の見えないものに対してはその色眼鏡を意識することすら忘れがちです。語り手の岩瀬学長のわけへだてのない視線と丁寧な思索を追っていくと、「雑草とは何か」という根本的な問いの答え、そして雑草の生活ぶりや人とのかかわりが、自然に浮き上がってきます。「雑草」の文字の成り立ちからの考察も興味深く、雑草の起源にまで思いを馳せることができました。
この本では人の作用と雑草の相互関係について、とりわけ丁寧に語られています。
雑草が人の作用に反応し、姿を変えたり生きる場所を選ぶ。耕地で作物とともに生きる雑草。文化財の建造物などと一緒に撹乱されない土地で密かに生き残る希少な雑草。空き地で土地撹乱の頻度により姿を変える群落。身近なところで、臨機応変に多様な生き方を展開し、静かに今も進化している。雑草は「人が意識せずに培ってきた草」。
また人の意識についても深いところで語られており、人文科学書の一面もあると思われました。
私は道端に育ち世話のいらない雑草が食べられたらいいのに、とかねがね思っていました。本にはパン用小麦の遺伝子の片親が雑草であることが突き止められていることが書かれていて、嬉しくなりました。実はすでに日々、私は念願の雑草を(遺伝子の半分としてですが)食べていたことになります。雑草の遺伝子が資源になることもあるのです。また雑草の成長ぶりに驚かされることがありますが、そのしくみも知ることができました。省エネ構造というのか、うらやましいしくみです。除草に反応して進化するメヒシバの話も面白く、私の散歩道にある花壇にも進化したメヒシバを見つけることができました。これらは露崎氏によって書かれています。
本書は複数の専門家の共著で、それぞれの想いや思索の世界が描かれており、随筆として読んでも面白く読むことができました。ただ、予期せず語り手が変わる箇所でトーンや世界が変わると、語り手の意識を追いづらかったところもありました。
雑草学と雑草防除(3章から) 
皮肉なことに、「雑草学」を発展させたのは戦後の除草剤導入がきっかけなのだそうです。つまり、戦うためには敵を知ることが必要だったというわけです。その歴史は応用編である3章が除草剤の安全性や使い方で締めくくられていることにも表れているようにも思いました。
除草剤の経済効率についてデータで説明されていますが、環境汚染については詳しい説明がないところが気になりました。また安全性について塩などの食品の毒性との比較で説明されていますが、人体に必要量があるものと人体と無関係な化学合成物質は同じ軸では計れないように思いました。けれども除草剤のしくみを知ることができ、人や動物の体を矛先としないように注意して作られていることを知り今までとは印象が変わりました。
応用というとほぼ防除という現状は残念には思いましたが、雑草のコントロールは農業はじめ人間社会には欠かせません。防除も知恵比べと言われると興味をそそられます。終章で村岡氏が「各雑草の・・・などを調べていくうち、その多様性や適応能力に驚かされ・・・よきライバルとして好意を抱いてしまう」と話されているところが印象に残りました。
読み終えて 
「雑草学」が人間と雑草の共存を目指して模索していることが伝わってきました。また見えていなかった雑草のいのちの姿を知り、そこに心を遊ばせると、雑草の総体が、私たちの傍らにいつもいる、しなやかで魅力的な大きな生きもののようにも感じられてきました。砂漠化を防いでもいる雑草たち。岩瀬学長の「日本の空き地には緑が似合います」という言葉が心地よく響きます。
自然観察大学 学生 斎藤若葉

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うちの近所のいきものたち

石森 愛彦/イラスト・文
ハッピーオウル社
2009年6月第1刷発行
B5変型判 64ページ
定価1,575円(本体1,500円)
出版社からの紹介 http://happyowlsha.com/index.html

 著者の石森さんはイラストレーターとして生物など多くの仕事を手掛けていますが、この本は自分の家の周りで観察したことを、本人とおぼしき人物が子供たちに分かりやすくイラストを加えて解説しています。昆虫や動物・植物の絵は細密画ではありませんがそれらの特徴は出ていて、同定ができるほどです。
 石森さんは昆虫が好きなようで、昆虫の話題が多くなっています。子供たちに読んであげれば、自然が好きな子に育つかもしれません。虫好き園児は眼を輝かせるでしょうし、小学校低学年では身の回りの自然観察の一助になるでしょう。また、これから自然に親しもうという大人には入門の書にもなります。
 前書きで、板橋区のご自分が住んでいる住宅街には樹木のある大きな公園が無いことからコクワガタやヤマトタマムシはいないけれども、よく見ればたくさんの虫がおり、それらから新しい発見ができる、と述べています。そこに眼を向けたのは素晴らしいことです。その通りどこにでも虫やほかの動物、植物はあるもので、私たち自然観察大学と同じ視点でもあります。
 4月から翌年3月までの各月をテーマごとに見開きにまとめて紹介することで、理解を深めています。以下に目次を紹介します。
 4月は白い蝶3種です。「本当にモンシロチョウ?」、また「確かめるにはとってみる!」実物を確かめることは大切です。その後は読者の考え次第です。即ち、確認して逃がす、飼育や標本用に持ち帰るなどでしょうか。
 5月のクズに集まる虫の項に著者が虫好きになった6コマのまんが自伝?があります。どこにでもいる普通種に眼を向けたことは素晴らしいです。
(11月と12月は2ページしかなくて寂しいです。)
 なお、著者の石森愛彦さんと編集者の伊沢尚子さんは自然観察大学の学生でもあります。
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本書とは直接関係はありませんが、ご参考まで:
板橋区役所では「板橋区昆虫類等実態調査」(1986)と「板橋区昆虫類等実態調査(2)(1991)を出しています。いずれも板橋区中央図書館で閲覧できます。
自然観察大学講師 山崎秀雄

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フォトレポート
黄砂への挑戦」
〜雑草で中国黄土高原の緑化を図る〜

一前宣正 著
全国農村教育協会
2011年4月1日発行
B5判 112ページ
定価1,953円(本体1,860円)
出版社からの紹介 http://www.zennokyo.co.jp/book/kagak/kosa.html

 私の待望していた本が刊行された。著者の一前先生(以下 一前さん)とは日本雑草学会の折りなどに何回かお会いする程度であったが、時折りうかがう中国黄土高原での植生修復についての長年の研究、さらにはお持ちの自然観・雑草観などに感銘を受けることが多々あった。宇都宮大学雑草科学研究センターを退かれるさいに、その内容を広く読める形にしてほしいと希望もした。少し遅れたがようやくそれが実現した。
 フォトレポートとあるように全ページ1,2枚の現地で撮影した写真が掲げられ、文章は簡潔にまとめられて親しみやすい。
黄土高原は中国北西部の海抜1000〜1500m、日本の総面積の1.5倍という広大な高原で、2000年前は緑豊かな地域であったといわれる。いまはほとんどが砂漠に近い状態で、春日本にも飛来する黄砂の発生地である。人々のくらしはきびしく、いまなおヤオトン(横穴住居)に住む人が何千万人もいるという。経済成長世界一を誇る中国の別の顔である。
 日本と中国の研究者が結集して、「砂漠に緑を回復して黄砂を抑えよう」というプロジェクトチームが発足したのが1988年であった。一前さんもそれに参加され20年以上にわたり黄砂に取り組んできた。この本の大半は黄土高原の環境、人々の暮らし、そして研究の過程のレポートである。
砂漠の緑化といっても、一木一草ない地にいきなり木を植えようというのは無知・無謀なことである。高原に立った一前さんは、ここは雑草の力に頼るしかないと考えた。それから植生回復の最初の段階を担ってくれる雑草探しが始まった。世界中から2万種以上を集め選抜試験を重ねた。その結果イネ科のスイッチグラスが最も適していることを見出した。「スイッチグラスはすばらしい」というタイトルにその感動が表されている。
 砂漠が緑化されれば果樹の栽培ができ家畜も飼育でき、人々の暮らしが向上する。それが一前さんの植生回復の青写真という。
 「人は雑草なしには生きられない」。これが一前さんの雑草観・自然観であり、本の後半にはそのことが述べられている。古い文学にも日本人は雑草とともに生きていたことが残されている。人は雑草の恩恵を限りなく受けてきた。これからも雑草に学ぶことは多い。
 雑草とともに生きること、そのための研究が必要であると、一前さんの情熱が本の最後まで溢れている。
自然観察大学 学長 岩瀬 徹

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「赤城姫 早春に舞う」
-ヒメギフチョウを守る小学校-
唐沢孝一著
カラサワールド自然基金
2011年1月20日発行
170×180mm、40ページ
頒価1,000円
申込先:カラサワールド  http://www.zkk.ne.jp/~karasawa/u-bird.html

 カラサワールド自然基金がまた良い成果を世に送り出しました。
 赤城姫とは、赤城山のふもとに舞うヒメギフチョウの愛称です。これと向き合う南雲小学校の児童・先生そして地域の人々のものがたりです。
 群馬県の生まれでもある唐沢さんは2007年の春、ここに縁のある先生の案内で赤城姫に出会い、「はまった」といいます。それはただ美しい蝶に出会ったというだけでなく、それを育む自然を見据えた活動を目の当たりにして「はまった」のでした。
 カタクリのような春植物は早春の2ヶ月ほどで地上の生活を終えるのでスプリング・エフェメラル(つかの間の春)と表現されます。ヒメギフチョウも舞う期間はわずか2週間、あわただしく産卵、幼虫が孵化し、ウスバサイシン(カンアオイの仲間)を食べて成長し蛹になります。蛹は10ヶ月もの眠りにつきます。これもスプリング・エフェメラルといえるでしょう。
 南雲小学校では、ウスバサイシンを育てウスバサイシンが育つ林を守る活動を続けてきました。一時は絶滅に瀕していたという赤城姫が戻ってきてくれました。その中で見えてきた生きものの姿もたくさんありました。それらが40ページの冊子の中に生き生きと表されています。子どもたちにとっても宝物になることでしょう。
2011年2月 自然観察大学 学長 岩瀬 徹

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「昆虫にとってコンビニとは何か?」
高橋敬一 著
朝日新聞社(朝日選書)
2006年12月25日発行
四六判 235ページ
定価1,260円(本体1,200円+税)

出版社の紹介 http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=7773

生物多様性の重要性が叫ばれ、COP10で盛り上がる一方で、リニア新幹線計画が具体化してきたというニュースが流れる。人間とは勝手なものだと考える方も多いだろう。
あるいは環境保全や自然保護の必要性は理解するが、納得できないことや疑問も多い、という方も多いことと思う。
そんな方におすすめの本である。本書は2006年発行なので、すでにお読みになった方は多いと思うが、読んでみて“これはぜひ紹介しておかねば”という気になった。
自然観察大学に、環境問題や自然保護に関係するご相談やご意見が幾度かあったのもその理由だ。
本書は『車』『カビ』『船』『コンビニ』『ビール』『自然保護』『昆虫マニア』『昆虫採集禁止論者』… といったさまざまな切り口で、昆虫と人間とのかかわりを明らかにしていく。
著者は文明や開発、あるいは自然保護といった人間の行動を、肯定するものではなく、かといって否定もしていない。それらを俯瞰的、客観的に捉え、冷静に分析してくれている。
読みながら“そうだ、そうなんだよ”と思わず膝をたたくところが数多あった。頭の中にあったモヤモヤしたものを整理してくれ、導いてくれるのだ。軽妙な文章で一気に読めるのもたいへんありがたい。
冷静な科学者の眼だけでなく、著者の昆虫への愛情、とくに人知れず暮らす“ダルマガムシ”のような地味な昆虫への偏愛(失礼)が垣間見えるのもうれしい。
“オオムラサキやギフチョウのような目立つ虫だけが昆虫ではありません”というフレーズが帯に掲載されている。ヤンバルテナガコガネを“人寄せパンダ”と称し、これは虫種差別であると唱えるのは痛快。
身近な場所で地味な生物の形とくらしをていねいに観察しようという、自然観察大学のコンセプトに通じるではないか。
随所にみられる昆虫写真家の高井幹夫氏のすばらしい写真が、ほとんどモノクロなのは残念。
2010年11月 自然観察大学 事務局O

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「自然を楽しむ 自然と遊ぶ」
飯島和子 著
文芸社
2010年9月15日発行
四六判 168ページ
定価1,260円(本体1,200円)
出版社からの紹介 http://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/detail/978-4-286-09256-0.jsp
(上記サイトから購入も可能です)
 飯島さんはフィールド研究のキャリアは長いが、自然観察大学の講師としては比較的新しい。すでに何回か室内講座や野外観察会などで接しておられる方もあろう。
 この本は、長年歩いてきたフィールドから生まれた、文章で綴るスケッチブックといえるものだ。著者と読者が同じ目線で自然と向き合い楽しむ本である。
 このようなスケッチは残しておくと後々大切なものになるのだが、私などはなかなかできずにきた。そのうち記憶も薄れてしまう。この本は記録の効果を教えてくれる手本になる。
 著者の趣味でもあった山登りの準備から始まり、東北の山々での観察記録、それから里山、街なかと身近な自然に移って、誰もが観察できそうなテーマを拾っているが、スケッチの筆は鋭い。専門の植物のことが多いが、それにからむ虫や鳥のことも忘れない。
 二、三の例をあげると、「校庭に植えられたケヤキの一年間を観察する」というのがある。ケヤキを見ながら植物の形態を考える、冬芽の成長、開葉、色の変化、黄葉、落葉、冬芽の形成など一年間の変化を観察した記録である。これなどはどの学校でもできる。
 以前、千葉県香取郡大栄町(現 成田市)の津富浦(つぶうら)小学校へ行ったとき、校庭に大きなクヌギがあった。時の教頭さんが知恵者で、これに「つぶうらくぬぎ」と名付け、全校児童が年間を通じて観察していた。この本を読んで思い出した。
 著者のライフワークの一つに、植物群落の遷移を実験してみるというテーマがある。遷移は高校教科書にも出てくるが、自然と向き合うときの重要な視点となる。それは数十年、数百年という長い期間の移り変わりを述べていて、縁遠い話のように思える。しかし二次遷移の初期ならそれを直接確かめることができる。「群落は動く」ことを実感できる。飯島さんは勤務していた校庭の一角を実験地に確保し、何にもない裸地から群落がどう形成されどう変わるかを10年間追った。その結果は、「校庭の雑草」の現行版に載っているし、室内講座でもお話しされた。
 この本にも1項目それに割かれているが、さりげなく書かれていてその苦労はなかなか想像できないかもしれない。実験地で得たことは広く野外での見方へと発展する、それが大切であると述べている。
 飯島さんはいまブルーベリー園を作り、田んぼでイネを作り、そして研究も続けている。さらに観察が蓄積され、数年のうちには続編が生まれることが期待される。
 ごく細かい点で二、三気になることはあるが、自然観察大学のねらいを体現した本として一読をお薦めしたい。
自然観察大学 学長 岩瀬 徹
本書は、著者のこれまでの自然観察の経験を一冊にまとめたものだ。冬山から里山、校庭、家庭菜園、はては通勤途中の交差点まで、著者にとってはいたるところが自然観察のフィールドになる。肩のこらない内容で、飾らない素直な文章は、全篇から著者のお人柄がしのばれる。
たとえば家庭菜園で栽培するサツマイモに体長10センチのイモムシがついた話。イモムシを発見すると、まず図鑑で調べてスズメガ科のエビガラスズメと知り、次に食害程度を調べる。大きな幼虫なので食われた量も多いと判明するが、結局は“サツマイモは根を食べるんだし、このままにしておこう。”となる。憎い害虫と、すぐに駆除したくなると思うのだが…
著者は本来 “植物群落の遷移” を自身の研究テーマとしておられるが、本書の観察対象は樹木・雑草・農作物などの植物全般、さらに哺乳類、鳥類、昆虫と多彩だ。本書は自身の観察記録が自然観察の入門書になれば、という考えでつくられている。
私のいちばんのお気に入りを紹介しよう。“どんぐりから生垣をつくる”話では、どんぐりから発芽させ、一年後にウバメガシらしくなった苗を移植し、十年かけて生垣にするという過程が紹介されている。ほんの庭先の話でありながらスケールの大きさを感じる不思議な気持ちになった。(生垣の写真がないのが残念)
余談ですが… 著者プロフィールの一項として『NPO法人自然観察大学講師』と記してくれています。ありがとうございます。
10月3日の野川公園の観察会で実物の書籍を紹介したところ、多数の方からご注文いただきました。
本書を店頭でご確認いただける書店のリストを紹介します。
『自然を楽しむ 自然と遊ぶ』取扱店リスト→
※ 店頭に在庫がない場合もあります。
自然観察大学 事務局O

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「カビ図鑑」
−野外で探す微生物の不思議−
細矢 剛・出川洋介・勝本 謙 著
伊沢正名 写真
全国農村教育協会 2010年7月9日発行
B5判 160ページ
定価2,625円(本体2,500円)
出版社からの紹介 http://www.zennokyo.co.jp/index.html
 その道に疎いので、「カビ図鑑」と聞いて、カビも図鑑になるのか程度に思ってページを繰って見た。間もなくあるページに目が吸い寄せられた。私が関心をもっている雑草のホトケノザの写真があった。それはときどき見る、葉が白い粉をまぶしたようなホトケノザである。ここは「第2章・カビを探そう」の中の「うどんこ病菌」のページで、白い粉は「ホトケノザうどんこ病菌」の胞子であるという。今まではっきりとは知らなかった。
 「うどんこ病菌」にもいろいろな種類があるが、寄生する植物を枯らすことはないと説明されている。だからホトケノザも安全なのだろう。
 改めて表紙のタイトルを見直すと、「野外で探す微生物の不思議」というサブタイトルがついている。ページを追うと、「サクラてんぐ巣病菌」「ツツジもち病菌」「モモ縮葉病菌」「クズ赤渋病菌」など、どこかで見たことのあるようなカビの写真が続々と並んでいる。「モチノキすす病菌」はモチノキにつくカイガラムシの排泄物を分解している腐生菌だとか。
 そうだこの本はカビを主役にした野外観察の図鑑なんだ。肉眼、ルーペ、顕微鏡のレベルで写真が並び、生活史的な説明が平易になされている。これではカビのファンが増えそうだ。B5版なので持ち歩きには向かないが、観察のさいの話題が豊富になるだろう。
 第3章は「実験・カビを捕まえよう」である。ここで何十年か前の記憶が蘇った。容器に池の水を入れ、細く裂いたスルメを使ってミズカビを釣るという実験である。ミズカビを研究していたI教授の講義を聞いてやったことがあった。もちろんこの本にはその他のカビの釣り方もいろいろ出ていて、すぐにもやってみたいと誘惑する。
 糞生菌というのがある。動物の糞から発生するカビも面白いという。ところが著者によるとペットフードで養われているイヌやネコの糞ではカビが期待できないそうだ。なるほど。ずっと以前、I教授からもらった年賀状に「ことしゃ巳の年蛇の年、蛇の糞のカビ探そかな」とあったのを思い出した。
 第4章のあとに「まとめ・菌類への深い理解をめざして」がある。その終わりの方の一節を引用しよう。「あらゆる生物がそうであるように、菌類も与えられた環境の中で懸命に生きようとしています。悪者か善者かというのは、人間の側から見た価値判断です。様々な生物が共生する自然という大きな枠の中で、その姿を正しくとらえることが菌類理解の第一歩です。」
 ここに著者の菌類感、自然観が現れている。菌類を雑草に置き換えると、日ごろ自分で考えていることと同じだなと感じた。これもこの本をお薦めする理由の一つかもしれない。
自然観察大学 学長 岩瀬 徹

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「虫目で歩けば」
鈴木海花 著
(株)ブルース・インターアクションズ 2010年3月5日発行
A5判 128ページ
定価1,680円(本体1,600円+税)
著者ブログ:鈴木海花の「虫目で歩けば」http://blog.goo.ne.jp/mushidoko64
●本書のサブタイトルは“蟲愛ずる姫君のむかしから、女子だって虫が好きでした。”である。本書の帯には「虫目」とは、自然のディテイルの美しさ、おもしろさが発見できる目のこと。という一文もある。
この本は「これまで虫好きとは無縁の世界にいた人たちに、このおもしろさをわかってもらおう」という意図でつくられたものらしい。
●本書は発行直後から大ブレイクで、著者ブログにそのあたりのことが記されている。本書のもとになったのはこのブログらしい。多忙な中で現在でも虫目の日記が続いているのでご覧ください。
●愛好家の人には物足りない面もあるかもしれないが、虫好き以外の人にも抵抗なく読んでほしいということか。軽妙なタッチで、観察コースとおすすめの弁当の紹介などもあるが、自宅の部屋でジョロウグモを飼育する話など、随所に熱心な観察眼(虫目というのか?)がうかがえる。素直に虫好きの感動が伝わってくる。
●観察ノートや、観察・採集七つ道具、カメラの紹介もある。驚いたことにカメラは私と同じで、双眼鏡も自然観察大学講師の間で密かに流行しているP社のものだ。ある筋から著者の言い分を伝え聞いたが、本書の写真の発色にはたいへんな不満を感じているらしい。十分きれいだと思うのだが…
●文章や写真、本全体から著者の虫に対する愛情がにじみ出てくる本だ。虫好きな方は心が温かくなること請け合いです。
●本書は“虫好きな女子は世の中で理解されていない”というスタンスで書かれている。ふだん自然観察大学でKさんを筆頭とする大勢の“蟲愛ずる姫君”に接しているためか、ここは私の素直に納得できないところである。
●余談ですが… 13ページの名前の不明なテントウムシはおそらく“クモガタテントウ”です。外来の昆虫で図鑑には掲載がないかもしれませんが、WEB上では見ることができます。
自然観察大学 事務局O

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「イモムシハンドブック」
安田守 著
文一総合出版 2010年4月20日発行
新書判 100ページ
定価1,470円(本体1,400円+税)
出版社からの紹介 http://bun-ichi.seesaa.net/article/145876443.html
著者からの紹介 http://ikkaku24.exblog.jp/ 2010年4月30日付をご覧ください
野外観察の携行にぴったりの、文一総合出版の“ハンドブック”の一冊だ。“樹皮ハンドブック” などのシリーズでフィールド派のみなさんにはおなじみだと思う。本書はそのイモムシ版である。
●野外で眼にする鱗翅目(チョウ目)は圧倒的に幼虫だろう。イモムシ図鑑は成虫図鑑よりもはるかに野外観察向きといえる。もちろんこのサイズのハンドブックなので種類数も限られているが、226種の幼虫に成虫や蛹の写真まで掲載されている。鱗翅目幼虫は生育ステージでがらりと姿形を変えてしまうものがいるが、本書では主な種類には齢期ごとの写真まで載せてくれている。巻頭にはほぼ実寸大のイモムシ一覧写真ページもあって絵合わせ検索に便利だ。密度の濃いハンドブックといえる。
●虫好きといえども、チョウ類成虫と違ってイモムシファンはそう多くはあるまい。とかくイモムシは見過ごされがちだが、本書はその意識を変えてくれるだろう。
猫のアニメのようなタテハチョウ類の頭、ハイイロセダカモクメの信じがたい擬態をはじめ、突起や刺毛、あるいは色彩や姿勢が実にさまざまで、紙面を見るだけでも楽しくなる。本書でみるイモムシたちの珍妙な姿は“愛すべきイモムシ”なのだ。そのように見るのは私が変態なのかもしれないが、イモムシたちに注がれる著者の愛情が写真にあらわれているためであろう。著者は同シリーズの“オトシブミ”や“冬虫夏草”の安田守氏で、あとがきによると‘いつの間にかイモムシファンになっていた’そうである。
●5,6年前に自然観察大学の岩瀬学長が「野外観察で幼虫と成虫がわかる簡単な図鑑があるといいなぁ」と言っていたが、そんな簡単にできないと考えて当時の私は聞き流していた。それが今、まったく別のところで実現したようだ。著者の労苦がうかがえる。
●本書の使い方には二通りあると思う。ひとつは野外で名前を調べる目的の使用。もうひとつはまだ見ぬイモムシを写真でイメージするものである。イメージを膨らませ、ホンモノへの憧れが発生したところでフィールドに出ようではありませんか。(『虫目で歩けば』で推奨する図鑑の使い方です)
●ひとつ希望を申し上げると、有毒種に『注意』と表記しているのは親切だが、有毒なのにその表記のないものがある。危険であり、イモムシ嫌いの原因になりかねないので、重版の際に直してもらえるとありがたい。
【追 記】
2010年10月1日に出版社から正誤表が公開されました。
http://www.bun-ichi.co.jp/PDF/1079errata.pdf
↑で見ることができます。
有毒種に関しても訂正されています。
自然観察大学 事務局O

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